サッカードと視覚処理のサイクルとトランジェントの関係について

1時間ぐらいのトークをやってくれと頼まれることがたまにある。たいていそういうときは、その時自分がやってることで一番面白いと思っている研究について話すのだが、イギリスに来てからは自分が少し前にやっていたことを話すようになった。

11月に来てから、3回、人前で自分の研究の話をしたのだけど、毎回同じ話をしていた。準備が楽とかそういうこともあるけれど、自分の気になっているアイデアを正直に話したらどういう反応があるのか知りたかったからあえて同じテーマを選んだ。

日本の心理学評論という雑誌に、自由に自分の研究について書かせてもらえる機会をいただいたので、それを機に、今まで気になっていたそのアイデアを日本語で文章にしてみた。関係ある論文すべてを網羅的にレヴューするには至っていないけれど、おおまかなアイデアを伝えるのに十分な情報は盛り込むことができたと思う。これが原稿のpdf (「心理学評論の原稿.pdf」)。

このレヴューに書いたアイデアというのは、今まで自分が研究していたフラッシュなどのトランジェントが知覚に影響を与える現象やマスキングなどは、眼球運動(とくにサッカード)時にV1あたりの初期視覚野での意識に上っている活動をいったんリセットするのが本質的な機能で、そう考えればかなりの視覚研究の対象となっている現象がまとめて理解できるということだ。

<要旨のコピー>
我々の身の回りの視覚環境において、突然の変化には生物の生存にとって重要な情報が含まれていることが多い。視覚的な動物はそのようなトランジェントと呼ばれる突然の変化によってもたらされる情報を選好的に処理するような仕組みを持っている。本稿では、まず始めにトランジェントによって引き起こされる知覚が変化する現象について概観し、 その後にトランジェントがなぜそのような現象を引き起こすのか理解するため眼球運動の文脈から考察する。トランジェントによって引き起こされる知覚の消滅や変化は、トランジェント呈示直前までに確立されていた知覚をリセットし、新たな知覚の形成を促すことによって引き起こされていると解釈ができる。そのようなリセット機能はサッカードと呼ばれる急速な眼球運動の前後での情報の混合を避けるために有用であると考えられる。実際に、サッカードが生じるたびに網膜のレベルでは、古い刺激が消えて新しい刺激が現れるというトランジェント信号が生じている。このことから、トランジェントによって引き起こされる錯視は、サッカード間での視覚的痕跡(persistence)の継続を断つという本来の機能が根底にあるのではないかと提案する。眼球運動の制御系と視覚処理系はお互いを制限条件として共進化してきた結果、サッカード時に生じるオンセットとオフセットのトランジェントを視覚系はリセットのシグナルとして有効に利用するようになったのだと考えられる。ここでの、眼球運動と視覚処理の相互関係の枠組みは様々な視覚神経科学で知られている現象を統一的に機能的側面から理解するのに役立つであろう。

ある意味、ここで言っていることは常識的なことで当たり前だと思う人もいるかもしれない。そのかわり、今まで自分が新しい実験を考えたりするときには、サッカードとトランジェントの関係は表面に出さないまま、密かに自分の考え方として使っていたと思う。本当は、自分の博士論文のときにイントロかサマリーで書いておきたかったことだけど、他にも書くことがあって、サッカードの話は少ししか触れることができなかった。一応なりにも、自分の考えをまとめて書いたことで、今まで潜在的に使っていた思考の枠組みを他人に説明することができる。日本語でたまには自分の研究について書いてみるのも悪くないな。

ところで、この心理学評論で引用しているMichael LandのAnimal Eyesという本はすごく面白い。
アメリカのアマゾンではどうもJack Pettigrewらしきひとがコメントしている。

Animal Eyes (Oxford Animal Biology Series)BookAnimal Eyes (Oxford Animal Biology Series)


著者:Michael F. Land,Dan-Eric Nilsson

販売元:Oxford University Press, USA
Amazon.co.jpで詳細を確認する

自分が京大の学部生だった頃、マウスの眼球運動をせっせとみていたわけだが、なんか常にVORとかOKRは十分なゲインがでてなくて、全然視野のぶれを保障できてないからこんなもんかとおもっていたけれど、どうも身体の動き全体を含んだ視野の変化を考えればきっとマウスも相当安定した凝視をしているのではないかと、今更ながらに思う。

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夢について

ロンドンに来てから毎日刺激がたくさんあって、なかなかブログを書く時間がありません。

最近はドイツのGoettingenという所のPaulus教授を数週間単位で訪ねて、tDCSという脳刺激の手法を教えてもらってUCLに輸入している。tDCSが最初に開発された場所というだけあって、かなり他ではやっていないような実験ができるから、かなり興奮。

UCLでは基本的にはアウェアネス、時間知覚、注意に関係ある実験をTMSとtDCSでやりつつ、EEGとfMRIもパラレルでやるように、一通り全部通してできるようにトレーニングを受けている状態で、技術は確実にアップしてきているけど、なかなかすごく面白い実験というのはでてこない。あとまだ未公開の刺激法の開発しています。それが一番面白いけど、論文がでるまではブログでは書けません。

年末あたりから、周りのひとに説得されて、今後、睡眠の実験をすることになった。睡眠と夢には興味がなかった訳ではないけど、なにしろほとんど何もしらないから、果たして実験できるのだろうか。

とりあえず、周りの人に相談してみたら、同じオフィスの人は元々睡眠の研究でPhDを取っていたことが判明して、基本的なことを少し教えてもらった。ボスに相談したら、とりあえず必要そうな道具を揃えてくれたので、今週にはベッドもくるし、スリープ・ラボっぽくなりそうだ。周りの人は、睡眠の学習にもたらす効果とかを知りたいらしいのだけど、なかなかそこのところが自分の興味と合わない。自分としては、寝てる人の脳(DLPFC)を電流で刺激して「自分は夢の中にいる」と自覚しているルシッド・ドリームを引き起こしたり、目が覚めている人の脳の一部だけを無理矢理睡眠中のEEGとそっくりな電流を流して眠らせたり、あるいは金縛りと幽体離脱を引き起こしたい。

自分の体験から、疲れていて眠ろうとすると、いきなり金縛りにかかって幻覚が見えるパターンがある。コーヒーを飲むようになったときとかは頻繁にそれが起きていた。これを経験したことがある人は、似たような体験をしているが、体験したことがないひとには、本当にそんなことがおこるのか怪しいと思う人もいるだろう。こういう現象は頻度的には稀だけれど、一生のうちにほとんどのひとが数回は経験する現象だ。だから、脳刺激で繰り返し確実に金縛りが起こせれば研究しようがあるなとおもって、試してみようというところ。

自分にとって新しい分野というのは、学ぶことが多くて楽しい。学んでるだけだと、生産者になれないけど。最近、実験の合間にこの本の原著を読んだ。

夢の科学 (ブルーバックス)Book夢の科学 (ブルーバックス)

著者:アラン・ホブソン
販売元:講談社
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今までほとんど夢とか睡眠について読んだことがなかったから、かなり初歩的なことで驚かされた。

1: 夢をみるのはREM睡眠中だけではない。
2: REM睡眠中に夢はずっと見ているが、すぐに忘れてしまうだけだ。寝ている人を起こして何の夢を見ていたか聞けば、95%のひとが答えることができる。
3: REM睡眠中にDLPFCとposterior cingulateの活動が選択的に下がる。
4: Parietalの患者は夢を見ない。
5: REM睡眠はホ乳類だけにある。だから体温調整と関係がありそうだ。REM睡眠中は体温調整ができない。
6: 寝ないと死ぬ。眠いという欲求はすごく強い。欲求が強いということは、進化の過程で生物としてすごく重要なものに違いない。

かなり初歩的な本なのに、こんなに知らなかったことがでてきた。学問としてどこまで正確な情報かは論文を読まないことには判断がつかないけれど、これだけでもかなり面白そうな分野だと確信できた。寝ている人を起こして95%の人が夢の内容を答えることができるということで、脳刺激が夢に影響を与えることができるのかどうか、実験できる希望が見えた。

大量に睡眠関係の本を注文したから、しばらくはそれを読みながら関連論文を読んでいって、せめて知識が一人前になったら睡眠のラボ見学にいってこようと思う。

睡眠中のTMS脳刺激はTononiのラボのMassiminiという人がやっている。(Massimini et al., 2005, Science, Massimini, 2007, PNAS)。

メソッド的に、TMSの音をアクティブにキャンセルしたり、細かい工夫がたくさんある。それでも、睡眠中の脳を刺激するのは、まだまだ未知の世界だから面白いことがたくさん出てきそうだ。

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nature precedings

前から聞いてはいたけど、今日初めてnature precedingsのサイトを見た。

peer reviewを受けてからパブリッシュされた論文ではなくて、まだどこの雑誌にもでていない原稿をウェブ上にアップして、科学者同士の情報交換を促進するのが目的らしい。物理では、arXiv.orgという出版前の論文のデータベースがあったらしいが、それの自然科学全般に拡張したのがnature precedingsの趣旨だ。

インターネットによって、普段の生活が産業革命なみにぜんぜん違うものになったというのは、ほとんどの人が感じていることかもしれないが、科学の研究の発表のする形式というのも確実にかわっていくだろう。

いきなり、ここに自分のまだ発表していない論文をおくのは危険があると感じる人も多いだろう。危険の一つは、自分の論文が正式に出版される前に、ほかの人に先を越されてしまうかもしれないということ。もう一つは、今のところ雑誌によっては、こういう形式で過去に発表したものを出版してくれるか不明な場合が多いこと。後者の方は、nature precedingsの認知度があがって、科学者がその意義を認めるようになれば問題ではなくなるだろう。おそらく、そうなるのは予想がつく。前者の方は、今のところ何ともいえない。関係の深い研究をしている人同士が、競争相手となるのではなくて、コラボレーションして興味の追求を一緒に楽しむ関係になれば問題はある程度解決するかもしれない。

論文の質の評価の仕組みもきっとかわってくるだろう。今までは、数人のエリート専門家の意見で論文が出版されるかどうかが判断されていたのが、人気投票のような要素が入ってくるかもしれない。それがいいことか悪いことかはわからないが、それも一つのシステムとして機能するだろう。エリート専門家の意見というのは、不公平のように思えることもあるかもしれないが、時にはそういう人の経験に基づいた意見というのも重要だ。なにがシステムとして一番いいのかは、正直なところわからない。物理のarXiv.orgってのはうまくいってるのだろうか。科学者同士のコミュニケーションのスピードがあがるのは間違いないだろう。

で、実際にprecedingsのニューロサイエンス関連の論文を見てみると、まだ出版されていない面白い論文が結構あった。基本的に、natureとnature neuroscienceに投稿した論文は、online submissionのページから直接precedingsに投稿した論文をおくことができる。natureとかnature neuroscienceに投稿するということは、実際に出版までたどり着くかはともかく、それぞれに研究者たちが自信をもっている研究だから、けっこうレベルは高めの印象だ。CorbettaのラボからのIPSとアルファ波と注意の論文とか、Livingstoneのラボからのモーションインデューストブラインドネス(MIB)の電気整理の論文とか、解剖とタンパク質の観点からの怪しげな意識についての仮説とか、David Burr & John Rossの数量に対するadaptationとか気になる論文がたくさんある。

ざっと見たところ、面白そうなのと、あまり興味が持てないのと、玉石混合な感じもするが全体的にはかなり面白そうだ。これは間違えなく、重要な情報源だからさっそくGoogle Readerに入れておいた。

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PublicatioinList.org

今日は、気がついたらカルテクにおいてあった自分のウェブサイトが消えていたから、新しいのを作ってどこかに引っ越さないとなと思って、あれこれ探していた。

それで出会ったのがこのpublicationlist.org. これは、pubmedからのxmlを拾ってくれて、自分のpublication listを作ったりしてくれる。かなり便利そうだ。ひとつ気になったのは、自分のサイトとかに埋め込もうとすると、有料になるところだ。DOIのリンクとかアブストラクトがすぐに読めることとか、便利なんだけど、1年間に9ポンド払いたいかというと、そうでもないかも。自分のラボがあって論文がたくさんある場合は、便利そうだ。でも、個人ではそこまで必要はないかも。登録してる人がまだ3000人ぐらいしかいないというのも驚いた。できたばかりなのかもしれない。

ためしに自分のを作ってみたら、こうなった。
http://publicationslist.org/kanair

なんていうか、最近ミーティングとかで新しい人と会うときとか、お互いに事前にサーチしあってることがほとんどだから、みんななんらかのウェブサイトがあったほうがいいと思う。面倒だけど。

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Transcranial Direct Current Stimulation (tDCS)

脳を外から刺激する方法として Transcranial Magnetic Stimulation (TMS)という手法があるが、それとは別に、もっと単純なtranscaranial direct current stimulation (tDCS)というのが割と注目を集めている。

単に頭に電極をつけて、数mAの電流を流すだけで、果たして本当に脳に影響があるのかと疑問だが、どうもほんとに効果があるようだ。

tDCSに関する最近のレヴューとしては、以下を参照。
Wassermann & Grafman (2005)

Wagner et al. (2007)

まず、おもしろいと思うのは、電極の極性によって効果が逆向きになることだ(例外もいろいろある)。たいていの場合、アノードは刺激部位の機能を高めて、カソードが刺激部位の機能を妨げるか効果がないというパターンが多い。さらに、機能があがっているという実験がたくさんあるところが面白い。

なんでこんな効果がそもそもあるのかというのも疑問だが、ニューロンの自発発火(あるいは反応性)のベースラインをシフトさせているのではないかと考えられている。Polarizationの単一ニューロンに与える影響についての古い論文が引用されている(Terzuolo and Bullock, 1956

tDCSを用いた視覚野に与える影響もいくつか研究がある。
Antal et al. (2006) たとえば、MTをターゲットにするとmotion aftereffectが弱くなるなんていう実験もあるAntal et al. (2004a) Antal et al. (2004b)

視覚の話では、おおざっぱな刺激で何かが変わってもそれほど一般の人が興味を持つような話にはならないだろうし、視覚の研究者にとってはおおざっぱすぎてそれほど科学として面白くないかもしれない。むしろ、学習能力が上がるとかそういう話を聞くと、自分でも勉強しているときに脳を刺激してみようかと思ってしまう。なにしろ、この刺激方法はお手軽だ。自宅でTMSをするのは難しそうだけど、tDCSならできる。

潜在学習の促進
Kincses et al. (2004)

ワーキングメモリーの促進
Fregni et al. (2005)

これはDCというよりはACだけど頭の外からの刺激で睡眠中の学習も促進することができる。
Marshall et al (2006)

さらには、個人のリスクをとる傾向(risk taking behavior)をバイアスすることまでできる。
Facteau et al. (2007)

tDCSはTMSに比べると刺激している脳の領域が広くて、正確にどこを刺激しているかよくわからないという問題があるから、脳の機能を詳細に調べようという研究には不向きかもしれないが、TMSに比べるとずっと日常的に利用可能な装置だから、実際に人間を助ける実用的なものになる可能性がある。

鬱病に対する効果なんかも調べられていて、病理についてはよくわからないが、本当に効果があればこれで助かる人も出てくるだろう。

もしかしたら、未来では状況に応じて一時的に脳の機能を高めるようなことが日常になるのではないかと想像をかき立てられる面白いテクノロジーだ。テスト前の学生とか、記憶力アップの刺激を脳に入れて勉強するようになるかもしれない。効果があるなら、自分でもやってみたいし、ちょっと試しにやってみようかと思う。ミーティングでアイデアを出し合うときに、発想力を高めるために発想脳を刺激して話し合ったら、いいアイデアがたくさん出てくるかもしれない。

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クリック賞

そういえば先週、UCLのGeraint ReesというfMRIで意識の研究をしている人がFrancis Crick Prizeというのを受賞した。そのときにRoyal SocietyでLectureしているのを見に行った。

映像も見れる
http://royalsociety.tv/dpx_live/dpx.php?dpxuser=dpx_v12

クリック賞というのがあることも知らなかったけど。意識の研究は、ノーベル賞はむりでも、クリック賞なら目指せるのかもとか思ってしまった。イギリス人以外でもとれるのか?

Geraint Reesはいつもながら講演がうまいというかおもしろいなぁ。

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Prefrontalのtemplate

すこし前の論文だけど、最近読んで自分にとってインパクトがあった論文がある。

Predictive codes for forthcoming perception in the prefrontal cortex by Summerfield et al. 2006 in Science

Medial prefrontal cortexに顔に反応する部位があるのだけど、この実験では写真をdegradeして何の写真だかわかりにくくした上で、画面上の写真が顔かどうかを判断するタスクをしているときにこの部位が活動を示すということが示された。FFAなどのように顔に反応する部位がprefrontalにもあるというのではなくて、prefrontalのこのエリアはトップダウンで顔をテンプレートマッチングしているのだと結論づけている。実験のデザインがエレガントなのも印象的だが、supplementalではleft lateral prefrontal cortexには同じように家のtemplate matchingをしている場所があることも示していた。

この論文の例のように、刺激選択性のある高次視覚野のような反応をみせるprefrontalのエリアが、タスク時にテンプレートとして機能しているという考えを、今までなんだろうと不思議だったprefrontalの反応に当てはめてみると考えさせられる(たとえば、このmotion direction selectiveなprefrontalのneuronと、Kaksas & Pasternak 2006)。

それから、もう1つ。
Unconscious activation of the cognitive control system in the human prefrontal cortex Lou & Passingham 2007

どういう実験かというと、タスクは呈示された文字に対して、phonological judgmentかsemantic judgmentをすることで、、どっちのタスクをするかは□か♢のどちらが呈示文字の前に呈示されたかで決まる。そのタスクを決めるシンボルがでる直前に□か♢が意識にのぼらないように呈示されていて、そのことによってタスクに対するプライミングがおきる。この実験パラダイムの面白いところは、プライムが見えてないときにしか、タスクに対するプライミングが起きないというところだ。

それで、fMRIでこのタスクに対するプライミングがどこで起きているかというのを調べた。phonologicalなタスクに関わる場所としてleft ventral premotor、semanticなタスクに関わる場所としては、left inferior prefrontalとleft temporal gyrusを選んで、それぞれの場所でプライムとタスクがcongruentだった場合とincongruentだった場合を、プライムがvisibleな場合とinvisibleな場合で比べている。そうすると、behaviorどうりプライムがinvisibleなときだけ、congruencyの効果がそれぞれの場所で見えるという話だ。

よく読むと、いいとこだけとってなんか微妙だなと感じさせるところはあるものの、見えない刺激がどこまで高次機能に影響を及ぼすことができるのかという文脈では面白い研究だ。Crick&Kochの昔の仮説だと、prefrontalに直接投射していることがNCCの条件だというのがあったが、prefrontalをactivateするだけでは意識にのぼらないという例としてHakwanの研究は意義があるだろう。タイトルの付け方からも、その辺をウリにしているようにも見える。でも、Kochの本では、一定時間持続的に活動することがNCCの条件だといっているから、プライミングのような一時的な活動の増加は、必ずしもprefrontalが重要でないという反例にはならないだろう。


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UCLの印象

ロンドンに引っ越して来てから1ヶ月以上経った。

今はUCL(University College London)という大学のVincent Walshのラボで、今後の実験の計画を立てたり、少しずつアイデアを試しながら、おもしろいことに出くわすのを待っている。例えていうならば、ちょっと釣りみたいな感じかもしれない。

周りの人は、けっこう変わったテーマの研究をしている人が多い。Synaesthesia(日本語で、「共感覚」と訳されている。文字に色がついて見えたり、感覚が混ざっている人)とか、numerosity(数字の大きさとか、数が多いか少ないかの認知)とか、催眠術とか、さらには寝ている人の脳を電気で刺激したらどうかとか、面白そうだけど、なかなか研究するのが大変そうなテーマを扱っているひとが多い。というか最初に来たときの印象では、全員がnumerosityかsynaesthesiaだった。

今まで、ずっと主に視覚をやるラボにばかりいたから、最初はモニターのボロさに驚いたけど、そのかわりTMSが強みのラボというだけあって、あらゆる実験セットアップにTMSという脳を電磁誘導で刺激する機械がついている。しかも、theta burst stimulationという強力な効果のある刺激方法(Huang et al. 2005 )を普通に使っている。

ロンドンに来る前に、いまのUCLのボスにいわれたことで、「ロンドンは、神経科学者の数がクリティカル・マスを越えてるからすごいんだ」といわれたとこをよく思い出す。今いるところはICN(Institute of Cognitive Neuroscience)というところだけど、同じ建物にはGatsbyがあり、となりはFILでpsychologyにいけばAlan Johnstonもいるし、computer scienceでもvision関係のひとがいる。City Universityというのもあって、journal clubとか合同でやったりする。なんというか、街中に研究テーマ的に近い人がたくさんいるうえに、交流が濃い。それから、Birkbeck Collegeというのもあって、今自分がいるラボでの、EEG/TMSの実験とかfMRIはBirkbeckでやることが多い。この一ヶ月の間は、平均1日5人ぐらい新しいひとに会い続けていた。会ったからどうだってことではないけど、とくにTMSのノウハウを伝授してもらっているのがありがたい。

カルテクにいたときは、Brainsightという機械をつかって、特定のエリアをターゲットするのに、まずfMRIやって、それからTMSでねらって、そしてちゃんと眼球運動が始まるまでの時間が遅くなってるから、FEFにあたっているだろうとか確信を持つまでに時間がかかっていて、一番知りたい問題を解決するというところ以外での格闘に時間がかかっていた。UCLで感じるのは、そういうステップを既に踏んで複数の方法を比べた経験のある人などが、そういう技術的に気になるところをすでに解決した経験があるから、自分でやって気になっていたとことがすっきりわかって、実験もすすむ。実験をしようとする時に発生する微妙な問題の解決法というのを経験者はもっている。そういう経験の蓄積の層の厚さに毎日感動させられる。



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脳の進化と社会性

人類や霊長類が理性を持つように脳の進化したのは、サルなどが「社会」を持つようになって、他者の気持ちを理解し協力していく能力が必要となったからだという仮説がある。この理論については、ByrneとWhitenの2人の著書である『マキャベリ的知性と心の理論の進化論』というのが、古典として読まれている。

マキャベリ的知性と心の理論の進化論―ヒトはなぜ賢くなったか Book マキャベリ的知性と心の理論の進化論―ヒトはなぜ賢くなったか

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最近のサイエンスの特集 で社会性と脳をテーマにしたレヴューがでている。上のマキャベリ的知性仮説は、Robin Dunbarの記事で知った。ちなみにDunbarはマキャベリ的知性というよりは、「社会的脳仮説(social brain hypothesis)」と呼ぶべきだといっている。

社会的行動をするための認知機能と進化というのは、相当多方面の分野と直接関連性がある。ニューロエコノミクスなどの人間の認知的意志決定を支えている脳機能と重なっているし、同じように感情の脳科学とも密接に関係している。

さらに、自分自身の日常的経験と照らし合わせておもしろいことも多い。例えば、インターネットのおかげで、メールやチャットなどでのコミュニケーションが盛んで、ときには少し疲れてしまうぐらいだが、このほとんど実質的な内容を伴わないコミュニケーションに意義はあるのだろうか?とか考えると、これはサルのグルーミング(お互いの毛繕いをしてあげること)の人間バージョンじゃないかと思う。そうやって、社会での人間関係を安定させることで、お互いに助け合う関係をつくることが、結果的に進化的に有利なのだろう。だから、人間も同じことをするし、必要としている。

むかし同じラボだったDaw-An Wuは、最近話したら、学生同士の携帯メールの頻度から、そのひとの人間関係を定量化して、fMRIでその人間関係と対応するものを見つけたいと言っていた。たぶん、サイエンスの同じ号を見てそう思いついたのだろう。(ちなみに、他人のアイデアはむやみに公開しない方針ですが、Daw-Anはむしろそれをやれる機会が欲しいから、会う人にはどんどん話してくれといわれている。)

おそらく社会性の研究から意識の研究には直接結びつかなそうだけど、一般の人の興味をひくような話はたくさんでてくる。そういう興味で読んでいたら面白い話に出会った。

「理性は母親から、本能は父親から遺伝する」

すごく大雑把にいってしまえばこういうことだ。当然、兄弟・姉妹を比べれば性格なんかすごく違う場合も多いから、そんなにあてになる法則ではないだろう。上のDunbarの過去の論文で、少しだけそういう風なことに触れている箇所があった。どういう話かというと、母親由来の遺伝子と、父親由来の遺伝子が、脳のどの部位で発現して影響を与えているかをマウスで調べると、本能的な行動を司る辺縁系(hypothalamusとseptumが実際には研究対象になっている)は父親由来の遺伝子の影響が濃く、新皮質(特に前頭葉)と線条体(Dunbarはstriate cortexと書いていたが、striatumの間違い)は母親由来の遺伝子の影響が強い。

Dunbarの論文で引用されていたのはKeverneの論文で、それはいろいろな種のサルの社会形態(オスやメスがどのくらいいるかとか、群れの大きさとか)によって、辺縁系と新皮質の量がどう違うかを比べている。その論文から、遺伝子レベルでの解析をしている論文にたどり着くことができる。

「理性は母親、本能は父親」というのを、これから子供が生まれる夫婦とかに当てはめて想像すると楽しい。脳科学者としては、少々根拠があるからといって、あたかも真実のように言い切ることはできないけれど、まあ、ただの面白い話ぐらいに考えてほしい。

こういう、ゆるい話ついでにもうひとつ。少し前に、手相占いみたいな話を聞いた。 よく、右脳人間か左脳人間かみたいな話があるけど、それが人差し指と、薬指の長さを比べてわかるらしい。

元ネタはこれ。
http://sciencenow.sciencemag.org/cgi/content/full/2007/525/1

男はだいたい、薬指の方が長いらしい。で、薬指が長ければ長いほど、数学とか視覚空間的能力が高いらしい。自閉症をスーパー男ブレインだとする考えがあるが、たしかに自閉症でも薬指が長くなっているらしい。

男は、たいてい薬指が長いものだけど、女は、どっちもどっちぐらいのひとがほとんどだろう。もし、人差し指の方が長ければ、言語能力に長けている(可能性が高い)。

この、人差し指と薬指の長さの違いというのは、胎児のときにあびたテストステロンの量で決まるらしい。だから、脳の男度・女度と相関していてもおかしくないというのが、理屈だ。 今のところ、男は全員薬指が長いから、あまり見ても面白くないけど。

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Causalityと空

ずいぶん前から気になって、勉強していることのひとつにCausality(因果性)と情報の関係がある。

自分の基本的スタンスとして、汎心論(panpsychism)は妥当な考え方だと思っている。ナイーブな汎心論だと、温度計も温度を感じていると考えるべきなのかもしれない。そういう汎心論は信じていないけど、脳でなくても特定の情報処理が起きているシステムは主観的知覚を持ちうると考えている。そこで問題になるのは、どんな情報処理があれば意識がうまれるのかということだ。ただ、漠然と一般のシステムについて考えても生産的なアイデアをだすのが難しいから、では脳という実在する意識をもつシステムのなにが特殊なのかを研究するということになる。

Gerald EdelmanはTononiなどとこれまで、情報の複雑さ(complexity)を意識の指標とすることができるのではないかと、多数の論文を発表してきた。

Tononi, Sporns & Edelman (1994) PNAS

Tononi & Edelman (1998) Science 

Tononi, Sporns & Edelman (1999) PNAS

Sporns, Tononi & Edelman (2000) Neural Networks

Edelman & Gally (2001) PNAS

Edelman (2003) PNAS

ここまでのNeural Complexityの話は、野心的でおもしろいのだけど、やや抽象的で意識とのつながりは弱いように思っていた。

そのあと、Tononiが取り入れたEffective Informationという情報の概念を用いて、意識の情報理論を発展させた。

Tononi & Sporns (2003) BMC

Tononi (2004) BMC

(この理論の弱点を指摘して、Seth et al. (2006) PNASはCausal Densityというアイデアを提唱した。)

自分でも、情報理論的な研究ができないかと思って、あれこれ勉強していた。情報の伝播・因果関係を記述する学問分野としてBayes Netというものがある。たとえば、Judea Pearlの本なんかは、因果律について情報理論的に(確率分布として)Bayesian Networkで記述することについて書いている。

 

Causality: Models, Reasoning, and Inference Causality: Models, Reasoning, and Inference

著者:Judea Pearl
販売元:Cambridge University Press
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この分野は非常に発達しているけれど、主に研究されているBayesian Networkというのは定義上、循環的な因果関係はあつかっていない。つまり、A->Bであると同時に、B->Aという相補的な状況というのははずされている。別に、Bayes Netにこだわらなければ、HMMとしていろいろ研究する方法はありそうだが、まだそのあたりは独学中で、よくわからない。

前回紹介した、Hofstadterの本

I Am a Strange Loop I Am a Strange Loop

著者:Douglas Hofstadter
販売元:Basic Books
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では、ゲーデルなどを例に、再帰的な情報処理が特殊なおもしろい状況をつくるから、そのことが自己の形成や意識に関係あるとう論調だった。読者としては、どういうふうに関係あるのかを具体的に示してほしいところだったけれど、いまいちはっきりしたことを議論していないから、所詮エッセイにすぎない。ただ、再帰性を理解することであたらしい展望が開けるかもしれないということには共感できた。

Hofstadterの議論で面白かったとこは、情報の表象には、表象の対象と表象自体の二面性があって、表象の対象自体も、表象することができるということだ。この説明では意味がわからないだろうけど、Hofstadter自身がいっていることは、その本を見てもらうとして、自分の思考の糧となったところを説明したい。

脳の話に置き換えた、自分の解釈の例として、ニューロンのポピュレーションが線分の傾きを表している状況を考える。ニューロンがポピュレーションとしてコードしている内容が、「線分が45度の傾きをもっている」という意味を表しているとすると、その活動パターンには、活動パターンそのもの(情報の表象)と「線分が45度の傾きをもっている」という情報の指し示す内容(表象の対象)という二つの側面がある。意識を理解する上では、この情報の指し示す内容が、いかにして特定の意味となるのかが重要な問題だ。これが、意識の難しいところなんだけど、再帰的に、その表象の対象自体もまた、情報の表象コードの一部として扱うような状況を考えると、意味がどうやって生まれてくるかなどがわかるのではないか、という期待がある。ただ、ここで具体的に何をどうしたら良いのかはわからない。脳にあてはめて考えると、その先に、「線分が45度の傾きをもっている」という情報を明示的に表現した高次の表現自体がさらに高次な意味内容をコードしているとう階層的な構造は浮かび上がってくる。思考の方向性として気になっているから、考えているが、この先でやっぱり奇跡的なことがないと意識の説明にはすぐにはならなそうだ。

判然としないまま、情報のフィードバックというものを気にしていたら、なんと仏教での「空」という概念もまた、このことをテーマにしていたことがわかった。仏教のことなど詳しくもないが、最近たまたま読んだ小室直樹の本の解説で「空」の概念が少しわかった。

日本人のための宗教原論―あなたを宗教はどう助けてくれるのか 日本人のための宗教原論―あなたを宗教はどう助けてくれるのか

著者:小室 直樹
販売元:徳間書店
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よく意識の研究だと、「瞑想」だとか「仏教的世界観」みたいなのが、実は意識の解明に役に立つみたいなことをいう人がいるけど、いまいちピンとくることはなかった。むしろ、意識ファンクラブの怪しい人たちがたくさんいるなぐらいにしか思えない。

小室直樹の解説だと、仏教というのは因果律の学問だという側面があるようだ(他の人の解釈は知らないから、それがどのくらい仏教学者の通説なのかはわからない)。我々にとって(人間の脳にとって)理解しやすいのは、原因があって結果がある、事象Aがあったから、事象Bが起きたという、直線的な因果律だが、因果律には、「AならばB」かつ「BならばA」という循環する因果関係もあって、これが「空」の本質らしい。物事の原因を分解してみていく還元主義では、ものごとを細分化して、よりミクロなレベルの原因の集合が原因となって、マクロな現象を支えているという世界観だ。ただ、世の中には、相互依存的な意味の関係というのは溢れている。小室直樹の例では、「母」と「子」というのは、「母」は子をもつことで初めて「母」となり得て、「子」の存在も「母」の存在があって可能となるという話があった。「空」というのは、「無」のことではなくて、関係性を取っ払って分析的に物事をみていくことで、存在の根拠が不確かになってしまうことのようだ。

(この文脈で調べてて出て来た本で気になるのが、これ

Mutual Causality in Buddhism and General Systems Theory: The Dharma of Natural System (Buddhist Studies Series) Mutual Causality in Buddhism and General Systems Theory: The Dharma of Natural System (Buddhist Studies Series)

著者:Joanna R. Macy
販売元:State Univ of New York Pr
Amazon.co.jpで詳細を確認する

いま、送られてくるのを待っているところ。なんかがっかりさせられそうだけど。)

何もないところに、関係性を成立させることで、一見根拠のないものに意味が生まれてくるプロセスというのはクオリアの成立過程と同じことだと思う。クオリアというのも、脳内の意味の相互関係のネットワークのなかで、そのネットワークのなかでだけ成立する獲得された意味のことだろう。つまり、月並みな言い方では、emergent propertyということだ。でも、いまだにこのプロセスについて、満足のいくアイデアや仮説さえも聞いたとことがない。

言語学でも、「言葉の意味」というのがどこから来るのかという議論がある。たとえば、ソシュール言語学というのがあるが、ソシュールは言葉には、シニフィアンとシニフィエという二つの側面があるといっている。それぞれ、表現する言葉自体と、表現される意味内容のことで、さっきのHofstadterの議論とも対応関係がつく。ソシュールのいったことで面白いのは、「シニフィエとシニフィアンの対応関係は恣意的だ」ということ(「犬」を表現するのに、英語と日本語だと単語が違っても良いから、音の響き自体が特定の内容を表すのには重要ではないという意味)と、もう一つは「意味というのは、差異の体系できまる」という、つまり意味の関係性によって決まるという話だ。これも、まさに「空」の話だ。(よくある例としては、「赤」の意味というのは、「赤」以外の言葉の意味によって決まる。「青」などの他の色なくして、「赤」は意味を持ち得ない。)

自分が脳科学で理解したいと思うのは、まさに「意味」や「クオリア」というのが関係性からどうやって生まれてくるのかということだ。おそらく、仏教も言語学も同じような難問をあつかっているが、この関係性から意味が生まれる現象の本質をとらえきれないのではないかとおもう。もし、脳科学者にしられていない斬新なアイデアがあれば脳をあいてに試してみたいと思う。

たぶん、この問題について考えている人は、たくさんいるんだろうと思う。ただ、考えるだけだと、時間はかかるし論文にもならないし、生産的ではない。因果律を情報理論的に理解するして、そのときに情報の表現と、表現の対象の関係を組み込むことことができたら良いと思う。もともと、そういうバックグラウンドではないから、自分で新しいアイデアをだして研究するレベルに達せるのかわからないけど、まずは実際の脳のデータの解析で、脳内の情報の因果関係のネットワークと意識状態の関係なんかは、実験屋としてはやりがいのあるテーマだろう。

それから、TononiやEdelmanのやっているような理論的研究をすすめることで、新しい世界観が作れるのではないかという期待もある。

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