以前紹介したTemple GrandinのAnimals in Translation
という本でおもしろい話があった。
なぜサルはヘビを怖がるのか?スタンダードな考え方は、おそらく次のどちらかだろう。
① 進化の過程で脳のなかにヘビのようなひょろ長いものを恐れるような回路が出来上がっっている。とくにアミグダラ(扁桃体)などで、ヘビに反応する回路が生まれながらできている。
② 個体ごとに、過去のヘビとの接触した経験から、ヘビは恐いと学習した。
どちらも、ありそうな話だが疑問が残る。①の場合は、そもそもDNAにヘビとはどういうものかという情報が何らかの形で刻み込まれていなければならない。例えば、視覚野のヘビ風の特徴をコードすることになるエリアからアミグダラへのニューロンの結合を促進するなどのことが起きる必要がある。そもそも、どこまで詳細な情報を遺伝のレベルで脳に刻み込むことができるのかがよくわからない。
一方で、②だとしたら、生存には適さないだろう。毒蛇に噛まれてから学習したのでは遅いから、生まれながらにヘビを怖れていたほうが、生き延びる確率は高いだろう。
おそらく、多くのひとはサルのアミグダラは生まれながらにヘビというものを知っていると考えているのではないだろうか。
Animals in Translation
で出てきた話で面白かったというのは、実験室で育てられたサルはヘビを怖がらないが、野生のサルはヘビを怖がるということだ。Susan Minekaという人が、そのことについて研究していて、わかったことは、サルはヘビが恐いということを他のサルがヘビを怖がっているのを見て学んでいるということだ(参考用のレヴュー)。
これには、驚いた。ちょっとしたサルの文化みたいなものじゃないか。それでも、①の仮説がまったく間違っているという訳ではないようだ。ビデオでヘビを怖がっているサルを見せると確かにヘビを怖がるようになるのだが、編集してサルが花を怖がっている場面を見せても、花を怖がるようにはならないらしい。だから、もともと脳の中に怖いものとして認識される要素がなければ、観察によって恐怖を学ぶということは起きないと論じている。
この話を読んで、ビデオを使って理不尽な病的な恐怖を人から取り除くこともできるのではないかというアイデアが浮かんだ。脅迫神経障害の治療法では、薬で治療するのと、行動療法といって自分が嫌な環境をあえて体験してなれていく方法があるが、ビデオ療法が効果があれば一番楽で安全に恐怖心を克服できるのではないか。
それから、ヘビの問題は、もっと一般的な問題と結びついている。とくに気になるのは、どうやって生物は異性を認識できるのか。赤ちゃんでも、男と女の顔の区別ができるようだし、好みさえあるらしい。それは、かなり微妙な違いを見つける仕組みが遺伝子レベルで組み込まれていないといけないように思える。意外と、単純なワイアリングで可能なことなのかもしれないが、そうだとしてもそれを示さなければならない。
女の子をみてかわいいって思うのは、どこまでが脳の中に最初から組み込まれていて、どこまでが学習なのか。脳の中にそこまで繊細な違いを識別する方法が最初から組み込まれているのだろうか。生物にとっては重要なことだ。
あるいは、周りの人の反応を観察することで、自分の好みとか恐怖の対象も変わってしまうのか。社会心理学などでは、よくあるテーマだろう。でも、他人を観察することで自分の感情的な物事に対する評価が変化してしまうというのは、文化を脳という観点から考えるときに重要だし、CMなどで人々に影響を与えることを仕事にしているひとにとっても重要だろう。
このような学習をobservational learningという。テレビで暴力的な映像を流すことで、子供たちが凶暴になるのではないかという文脈でよく出てくる。observational learningがあらゆる場面で起きていることは間違えないが、実際に精神病の治療に役に立つような効果があるかは、実験で確かめる必要がある。興味を持った人は、ぜひ実験をしてほしい。
自分のサイト

←もし、このブログが役に立っていたら、これをクリックしてください。
このブログのランキング
最近のコメント