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ATOM & When Pathway

しばらく多忙だった。ぜんぜん書きたいことを書けてない。

まず、3月の終わりにHuman Frontier Science ProgramからのFellowshipがもらえるという発表があって、それ以来、移動するための準備に追われていた。まだ、全然準備にもたどり着いてなくて、いままでカルテクでやってるプロジェクトの後片付けをしている。しかも、とちゅうですべてのEEGの元データを失うという事件もあって大変だった。

HFSPで9月からロンドンのUCLというところでWalshと仕事をします。

それでWalshの論文をいまさらながら読んでいたら、面白いのがあった。

TICSのレヴュー

Walshがここで提案しているアイデアは、parietal cortexとdorsolateral prefrontal areaは時間とか空間とか量的なものをコードしているのが、同じ場所に集約しているのは偶然じゃなくて、それらの部位がマグニチュード(度合い)を表現して運動に変換するモデュールだからだということだ。以前、時間がワーキングメモリの課題と干渉し合うけど、何をワーキングメモリに保持しているかに依存するということについて書いたが、マグニチュードという概念でかなり説明がつく。あと、時間知覚のイメージングで、コントロールのタスクがマグニチュードに関する場合は、parietalの活動が結果にでてこないという観察が鋭い。

あと読んでてすごく気になったのは、Piagetによると、赤ちゃんは時間と空間の区別がつかないと書いていたところだ。それは、元の話がどこにあるのか、みつからなかった。いったい、どんな実験したらそんな結論がでるのか?

それから、ふと思ったことだけど、DehaeneにしてもWalshにしても、なぜ意識に興味がある人は「量」とか「数字」の認知についても研究するのか。たんなる偶然か?もしかしたら、単に音がでかいとか、質のクオリアよりも、量のクオリアの方がニューロサイエンスとして扱いやすいってことがあるんじゃないか?

あと、もう一つ最近読んでおもしろかったのがWhen Pathwayについてのレヴュー。これは、おすすめだけど、いまは詳しく書いている時間がありません。

金井

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無意識のうちに知覚は変化するか?

ここしばらくの間、UCLへいったり、オランダにいったりしていて、なかなかこのブログを書く時間がなかった。UCLの時間についてのワークショップは予想以上に面白かったし、Peter Dayanに初めて会って、圧倒されて感動した。そのうち、そのワークショップで学んだことについても報告したい。

それはともかく、2004年からずっと気になって、いろいろ実験しているテーマがある。それは、binocular rivalryなどの知覚の変化は意識的に見えない刺激に対しても起きているか?という問題だ。

例えば、peripheralでgrating同士のbinocular rivalryを起こして、その傾きがcrowdingやmotion induced blindnessなどの手法で意識に上らないような状況を作る。そうすると、gratingが見えなかったり、刺激の存在はわかっても、傾きがわからない状況というのを作ることができる。そのとき、見えてない刺激同士で競合が起きて、脳内のシグナルとしてはbinocular rivalryが起きているのではないかという仮説だ。

簡単にできそうな実験だけれど、これが大苦戦し続けている。すでに10種類以上の方法でこの仮説をサポートするデータを狙ってだそうとしているが、一つも成功していない。しかも、ひとつひとつの実験はけっこうpsychophysicsとして手間のかかるものだった。

motion induced blindnessやcrowdingの実験では、stabilizationという現象が起きる。どういうことかというと、見えなくなった前後でほとんどの場合、同じ知覚が生じる。つまり、見えていないときに知覚が変化するということはないようだ。

さらに、flash suppressionで強引に知覚を変化させようとしても、いまのところ知覚の変化を引き起こせたことはない。

あまりに、すべての実験でnull resultがでるから、意識的に見えてない刺激ではambiguityは解消されないまま残っているのではないかと今では考え始めている。あと、一つだけ実験をして、それでもうまくいかなければ、あきらめよう。

最後の実験は、50Hzのcounterphase grating同士のbinocular rivalryだ。この刺激は白黒が高速で反転しているから、キャンセルしあって、意識にはのぼらないが、tilt aftereffectなどが起きることから、orientationの情報はある程度のレベルまでとどいていると考えられる。目が動くと見えてしまうが、まったく何も見えない時間が10秒ぐらい続くこともある。これで、rivalryが起きているか調べているが、いまのところvisibilityのコントロールを厳しくtrialごとにやると、やっぱりbinocular rivalryは起きていないというデータが出ている。

もし、binocular rivalryなどの知覚の変化がvisual area内のネットワークの特性だけで説明できる現象なら、意識に上るかどうかに関係なく、競合が起きてbistableになって良さそうだとおもっていたが、どうも意識に上るという過程を経て初めてbistableになっているようだ。そうだとすると、binocular rivalryは単に意識を研究するための道具ではなくて、意識ともっと密に関わっていると考えるべきだろう。どのくらい密かというと、思い切ったことをいうと、binocular rivalryが起きているかどうかが意識があるかどうかの区別と同一だと言うことだ。

もともとは、binocular rivalryが無意識の刺激に起きていることを示して、binocular rivalryは意識以前の現象だから、必ずしも意識研究にとって有効な方法ではないという結論を期待していた。現実は、逆のようだ。ただ、すべてがnegative dataで逆のようだという結論に達しているから、強いことは言えない。

もし、積極的に逆を示している研究があるとしたら、2006年のCavanaghのVSSでの発表だ(http://journalofvision.org/6/6/818/ )。ただ、Cavanaghはものすごく慎重な議論をしていて、結局awarenessなしではrivalryは起きていないとは言わなかった。implicitにaudienceはそういう理解をしたかもしれないけれど、その微妙なラインを慎重に区別しているところに感心した。どちらにしても、awarenessなしでrivalryは起きていないという仮説をサポートするデータだった。

意識にのぼっていない刺激に対して、ambiguityを脳がまったく解消していないというのは、おもしろい。というのは、ambituityの解消を意識の機能の一つとして位置づけることができるからだ。もうすこし別の角度から実験していく必要もあるとおもう。もしbinocular rivalryが起きていなければ、implicitな刺激は競合せずにどちらも処理されていることになる。逆にそのことをprimingなどで示すことができるかもしれない。

いくらやってもうまくいかない実験というのは、publishできるのだろうか?きっと他にも同じことに挑戦してる人はいるはずだ。でも、まだ自分の実験が完璧でないだけで、もう少しうまくやればいい結果が出るという可能性もある。だから、null resultだけでは、何も言えないのは仕方がない。ここからどうするかが難しい。


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papers

最近友達に教えてもらったアプリケーションで、Papers というのがある。論文のpdfをオーガナイズしたりするのに使える。Pubmedで調べて、オンラインのジャーナルからpdfをダウンロードしてアブストラクトにリンクしてくれる。

これは、ものすごく便利。もはや、pdfのファイルを整理するのはあきらめて、まとめて一つのフォルダにいれてサーチでやりくりしてる状態だったのが、すっきりまとめられるようになった。ものすごくおすすめ。いまのところマック版しかないようだけど。

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おそらく、使う人が増えれば、これからもっと使いやすくなって広まるだろう。



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