« 社交性のある脳 | トップページ | 自分の脳について »

意識と時間

そもそも時間の知覚に興味を持つようになったのは、「意識があるということ」と「時間の流れを感じること」は切っても切り離せない関係にあると思っていたからだ。眠って意識がないときには、時間が刻々と経過しているという感覚はない。(もちろん目が覚めてから、時計をみたり、よく寝たことによる体の回復を感じて事後的に時間の経過を認識していることはある。)一方で、目を覚まして意識のある状態では、なんの感覚の入力がなくても、自分という意識を持った存在が時間の中を流れているのを感じる。

だから、時間の流れを感じる仕組みがわかれば、意識のことがわかるのではないかと思った。

それで実際に時間の研究をしてみたら、これがなかなか意識とつながってこない。まず、時間感覚に関する過去の心理学研究の状況がかなり混乱している。いままでいくつかの分野の文献を読んできたが、時間知覚はとくにごちゃごちゃしている。そして、時間知覚の研究にはまればはまるほど、最初の興味の意識との関係は遠のいていく。

そもそも「なんで時間が流れるのか」というおおざっぱな問題では、新しい仮説を生み出すような実験にはなかなかたどり着かない。意味のある実験にたどり着くことができなければ、哲学者の〈下手な考え〉になってしまう。フッサールももっと前の哲学者も、似たようなことは考えていた。哲学者に恨みはないが、科学の発見と比較して、現在手に入る情報だけをもとに考えていても、わかることは限られているだろうと思うのだ。

そんな中、意識と時間を繋いだおもしろい論文に出会った。

Limits on Introspection by Corallo et al. (2008).

この論文ではIntrospective RT(反応時間の内省的評価)という尺度を用いて、被験者に刺激に対して反応するのにかかった時間を内省によって答えてもらっている。二つの課題をほぼ同時に遂行しているとき、二つ目の課題に対する反応時間が遅くなる(psychological refractory-period, PRPと呼ばれる現象)のだが、このようなdual task条件で、二つ目のタスクにかかったと思われるintrospective RTは遅くなっていないというデータを出している。この客観的なRTと内観的なRTとの乖離から、著者はPRPによる遅れの時間は主観的に知覚されないと結論づけている。このような時間知覚に貢献する脳内の現象は、DehaeneのGlobal Workspaceへのbroadcastingと同列のものであると考えているようだ。

これはまるで意識のrefractory periodには時間の経過を感じていないという現象のようだ。

それから、PRPのような実験で、refractory periodの最中にどのようなcognitive processにアクセスできるのかを調べているという点も非常に珍しいおもしろい研究だと思った。

|

« 社交性のある脳 | トップページ | 自分の脳について »

「論文紹介」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/207912/30942954

この記事へのトラックバック一覧です: 意識と時間:

« 社交性のある脳 | トップページ | 自分の脳について »