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空気を読むイギリス人

ようやく本はほぼ完成した。その本を一気に書いていたから、自分のブログに書くような興味と重なるところも多くて、なかなかこのブログを書く余力がなかった。

ちょっと脳科学から外れるかもしれないが、もしかしたら脳科学として研究可能かもしれない気になることを今回は書こうと思う。

「空気を読む」とはどういうことなのか。「空気を読む」という言葉を昔よりよく聞くようになった。人間同士のコミュニケーションの性質が変わってきたことを反映しているのではないかと思う。もともと日本では「空気を読む」ことを要求され、本当のことをずばりと言いにくい雰囲気が居心地悪いなと思うところもあった。そういえば、ときどき怒られていたような気もする。「空気を読む」というのは、なんていうか物事をはっきりさせて論理的に話合うのに向いていないし、曖昧で好きになれなかった。しかも、状況によっては「空気を読む」の権威をかざして、個性的な人が抑圧されているように感じることもあった。

アメリカに住んでいた時は、あまり「空気を読む」という習慣に出会うことはなかった(まったくない訳ではないが、相対的に少ない)。むしろそういうのがないところが居心地がいいときもあった。その感覚で、日本から外国に行く人の気持ちもわからなくもない。今では、それはかなり消極的な理由だとも思う。まあ、他人のことはどうでもいい。オランダに住んでいた時は、さらになかった。文化的にアメリカよりももっと直線的だったから、「空気を読む」どころか言いたいことを言い合って、気まずくなってもそれほど嫌な感じは残さない。別に個人をけなしたりしているわけではないから、それはそれで大人のやり方みたいなところもあった。

そしてイギリスに来て、空気を読む習慣に再会した。いま半分所属しているラボのミーティングは、イギリスのトークショー的な雰囲気で、ボスが司会者でみんながおもしろいことを言うような雰囲気で、ゲストの(ラボの)メンバー達はおもしろいことをうまいタイミングでいう競争みたいになっている。そこでしゃべりすぎても番組としてなりたたないみたいな雰囲気がある。もちろん仕事とからんだ話もするけれど、それぞれのアンテナの広がりを試されているような感じだ。自分で見つけてきたおもしろいニュースとYoutubeの映像とかを、自分の知識と組み合わせてオチをつけて話す訓練みたいな感じだ。おそらくそういう能力はかなり現代では重要だし、寡黙な自分にはトレーニングになっているような感じがする。

このときにイギリス人は、相手を尊重しつつも全体としてうまくその状況をまとめるみたいなことにすごく敏感だなと感じた。ちょっとつまらなそうにしている人がいると、司会者(ボス)がうまく話をふったりもする。微妙な状況になりそうな話がでても、正確にフォローがあって笑える話にする。たぶん、イギリスに来た人はこういうこと感じることが多いのだろうけど、これって空気を読んでるってことだよなと思う。

それから同じボスと三者面談みたいに、自分ともう一人の研究者と3人でミーティングするパターンが多い。たいてい他のポスドクとか学生とかが自分と仕事をするようになったときに、ボスのところにつれていって、研究の方向性や目標を決める。今の自分の立場は、なにかの研究をしたいというポスドクや大学院生と前もってどういうことをやったらおもしろいかとか、テクニックとして可能かどうかなどを先に話し合って煮詰めたものを、ボスとのミーティング用をアレンジするような状況が多い。まさに科学者の中間管理職みたいなことをやっている。そういうミーティングをすると、基本的に今のラボにいるひとはみんなやる気があるから、かなり無茶なことまでがんばってやろうとする。それにいろいろ今後のグラントや時間などの制限があるから多少削ったり、特定の大事な問題に集中して最大限のアウトプットをだそうという意向がボスからなんとなく伝わってくる。そこには実践的な計算と計画が入っているのだが、けっこう微妙な駆け引きで、知識と論理に基づいた議論もあるのだが、なんていうか常識的な判断をしようというバランス感が重視される。こういうときにイギリス人はなんていうか、言葉にしていない部分でコミュニケーションを交わしているのをすごく感じる。そんな中で、がらにもなく自分も空気を読んだりする。そうすると、「おまえ今の空気の読み方いいな」と相手が反応するのも感じられる。これはこれで精神的に疲れるところもあるし、いつもこれがいいとは思えないけど、イギリスには空気を読む文化があるのは間違えない。なんていうか「火星には水があった」みたいな話だけど、この社会性のスキルって実は複数の人間が大きな目標を達成するために重要かもしれない。

よく社会脳科学の話だと、「心の理論」というのがでてきて、他人の意図や気持ちを理解する能力が注目されるが、「空気を読む」というのは他人の「心を読む」よりもさらに上の機能なんじゃないかと思う。「心の理論」というのは、個人と個人のコミュニケーションを想定しているから、「その場」という意味での「空気」は入っていない。「空気を読む」というのは曖昧で面倒なことだけど、「心の理論」の延長に「空気の理論」もあるのかもしれない。きっと何らかの複数の能力の総合力として空気を読む能力というのもあるだろう。あるいは、常識的判断というのをどれだけ重んじる傾向にあるかということを表しているのかもしれない。

そう考えると、日本は社会的なスキルみたいな認知能力が異常に発達しているのかもしれない。それは、すばらしいことだし、アメリカからイギリスに来た日本人科学者が、あらためて日本の面白さに気づくというよくあるパターンだなとも思う。少なくとも、人間として根本には同じような気の使い方はあるから、英語圏の人に伝わるようなあまり文化によらない実験を考えることができれば、空気を読む能力も日本ローカルな話ではなく世界に発信できるのではないか。

(ちょっと追記)

これ書いてから、フラットメートに見せてもらったThe Officeというイギリスのコメディ(?)みたいなのを見てかなりおどろいた。

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これも「空気を読む」にかなり関係してる。要は、空気を読めないダメなボスのいるオフィスの話だけど、常にずっと気まずい。見ていてそのボスに腹が立っているぐらい気まずいし、まったくおおっぴらにコメディって感じじゃないから、笑うというよりは苦笑いみたいな、なんていうか自分が職場で出会いたくない場面が延々と続く。ほとんど、社会的ホラーとでもいえるレベルだ。怖い映画をみていて、なんでこんなに苦しいのに見ているんだろうって思うような感じで、ずっと苦しいままなんとも言えない面白さに引きずられて見てしまう。これがイギリス人には面白いらしい。こういうのを好んで見るイギリス人がいる裏には、やっぱり「空気を読む」文化がイギリスでかなり成熟してるからではないかと思った。

 

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コメント

最近ブログ村に登録した者です。 ブログを読ませていただいて、鳥肌が立つほど共感しました。金井さんの本を是非読んでみたいです。

投稿: ブルン | 2010年4月 5日 (月) 14時19分

ブルンさん

こめんとありがとう。すごく励みになります。

やっぱりイギリスっていろいろ思うところありますね。今回書いた本は、けっこう専門的な内容の多い脳科学の本ですが、ちょっと社会性についても書いてます。

6月にでるのでもしよかったら読んでみてください。

投稿: 金井 | 2010年4月 5日 (月) 15時41分

オチをつける話 ウケました。イギリス人て いつもジョークを言わなくてはならない と思っていますよね。

投稿: nowhere | 2010年4月24日 (土) 22時11分

うちの相方のマロが、いつも話にオチがなくてこまってます。途中までは、人の3倍ぐらいおもしろいのに、オチがないから、話がおわらん。

投稿: 金井 | 2010年4月24日 (土) 22時21分

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