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社会性と意識の研究がつながった!!

先週、とてつもなくおもしろい論文がサイエンス誌に出た。残念ながら、自分の論文ではない。

Bahrami et al. (2010) Optimally interacting minds. Science 329, 1081-1085.

アブストラクト
In everyday life, many people believe that two heads are better than one. Our ability to solve problems together appears to be fundamental to the current dominance and future survival of the human species. But are two heads really better than one? We addressed this question in the context of a collective low-level perceptual decision-making task. For two observers of nearly equal visual sensitivity, two heads were definitely better than one, provided they were given the opportunity to communicate freely, even in the absence of any feedback about decision outcomes. But for observers with very different visual sensitivities, two heads were actually worse than the better one. These seemingly discrepant patterns of group behavior can be explained by a model in which two heads are Bayes optimal under the assumption that individuals accurately communicate their level of confidence on every trial.

どういう研究かというと、Visual Searchの課題を二人でやるSocial Psychophysicsで、被験者の二人が話し合うことで、情報をベイジアンに統合することがでるということが実証された。さらに、二人の能力を統合すると、個人の最大の能力を上回る結果をだすこともできる。

同じような統計的なモデルは、クロスモーダル(聴覚と視覚など)の1つの脳の中での情報の統合などに用いられてきたが、複数の脳内の信号が、人間同士のコミュニケーションによって統合可能であるということが示された。

この研究は、さらに突っ込んだことを検証していて、被験者同士が自分の試行ごとの確信度を相手に正確に伝えることが重要だということを明らかにした。

この論文を読んだだけでは、すぐに気づかないかもしれないが、これは意識と社会的コミュニケーションをつなぐ重要な発見だ。賛否両論あるかもしれないが、自分の知覚に関する確信度を正確に見積もるというのは、メタ認知であり意識的知覚の重要な要素である。タイプ2課題で意識的知覚の有無を評価するという立場からは、確信度が正確に評価できることが意識の操作的定義となっているからだ。

他者に自己の内面をコミュニケートすることは、意識的知覚のもたらす機能的側面であると考えられる。これまで、何のための意識で、何のためのメタ認知なのかということを機能的側面から考えた例は少ない。この社会性と意識研究のリンクができたことは、すごくエキサイティングなことだ。

「意識は他者とコミュニケーションを可能にする」

これまで、なんとなく社会性と意識の研究につながりを感じていた人はいるのではないだろうか。少なくとも、脳の機能を、「何のために」という目的から考えていくと、社会性の問題が気になっていた人は、自分以外にもいるだろう。でも、これを具体的にどういう場面で、意識と社会性が繋がるのかということを具体的に議論した例は知らない。

実は、このBahadorの研究は『個性のわかる脳科学』 を書いたときにはすでに知っていたが、未発表だったために書くことができなかった。この研究を含め、いくつかの未発表の研究のおかげで、自分の中で社会性と意識研究が繋がったのは、ちょうどそのときだった。その文脈でPrecuneusのこと(過去のエントリーを参照)も気になっていた。また、タイプ2課題が、ソーシャルな文脈で使えることなど、関連したことを書くに留めておいた。それでも、一つずつ関連論文が公になっていくことで、少しずつ自分の考えていることが、より深く書けるようになってきた。

BahadorはかなりUCLで信頼しているコラボレーターの一人で、いつも話すとおもしろい。このサイエンスの論文でも、最後の文章とかよくぞ書いたと思えるようなアイロニーたっぷりの文章でおもしろい。この論文がサイエンスにでたことは、すごくうらやましいと同時に嬉しい。

この意識との関連とは別の社会的な文脈で、Scientific Americanにコメントを書いた。英語版しかないけれど、興味のある人は参考にしてください。

Are Two Heads Better Than One? It Depends (Scientific American)

ちなみに、こういう英語で一般向けの記事を書くのは、普通の論文を書くよりも英語がネイティブでないことのハンディを感じる。でも、こういうのをもっとさらっと書けるようになりたい。

それから、最近「メタ認知」が意識研究にすごく重要な意味を持っているとつくづく感じる。来年の京都でのASSCにシンポジウムとして提案してみようかと思う。まあ、通るかはわからないけど、タイムリーでいろんな分野の人が興味を持つだろう。

 

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「論文紹介」カテゴリの記事

コメント

初めまして♪

昨夜より、金井さんの御著書を読み始めた、まるたんです(*^-^*)

それで、ちょっとサイト検索をしたところ、
金井さんブログを発見したので、嬉しいから御挨拶です。

私のブログサイトでまとめて書籍紹介をしたのですが、
御友達が「読みたいな~」と言っていたので、
金井さんの英語サイトリンクをブログ上で紹介させて頂きますね。

また遊びにきます!
まるたん
P.S... 指とヘアスタイルって関係しているんですね!(笑)。

投稿: まるたん | 2010年10月 6日 (水) 03時35分

はじめまして。
この論文についてですが、彼らのモデルでは、「a function of the ratio of stimulus
contrast in a given trial to its standard deviation」を「confidence」と定義していますが、これは妥当でしょうか?
というのは、ほぼ同じ課題を用いたReesらの後の論文http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/329/5998/1541でも示されているように、多くの状況で、被験者がレポートする「confidence」は実際のパフォーマンス(おそらく、刺激の特性も)をそれほど正確に反映していなかったり、実際のパフォーマンスとの相関の度合いにはかなりの個人差があったりするので、被験者が実際に感じていた(レポートする)「confidence」は、そのように単純には算出できないように思います。
とすると、コミュニケーションで伝えられていたのは、上記の情報そのものであって、メタ認知的な意味での「confidence」ではないのではないでしょうか?
もし実際のコミュニケーションでのやりとりが記録してあれば、何かわかるかもしれませんが。

著者らは、なぜわざわざ「confidence」と言い換えたのでしょう?
妥当性を示した論文が既にあるのでしょうか?
(金井さんに聞くことではないかもしれませんが)

逆に、コミュニケーションで何を伝えるかということを操作する、という実験をすれば、何(たとえば、confidence)がコミュニケーションによるパフォーマンス向上に重要かどうか調べられそうですね。

投稿: おさ | 2010年10月27日 (水) 13時35分

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